蔵のリノベーション工事を行う前からお付き合いのある大工さんがいました。県内でも特に古民家や寺社など古い建築物を専門に扱う、高い技術力をお持ちの職人さんです。こう書くと、近寄りがたいおじいちゃんなのかな?それともイカツイ感じのあんちゃんなのかな?などと思うかもしれません。ですが実際は、とっても朗らかでよく笑う、一家のお父さまです。
こちらの大工さんとは運命的な出会い方をした……というわけではありません。数年前に普通にネット検索で夫が見つけてきました。母屋で一部工事が必要だった箇所があり、作業をお願いした次第です。工事中はわざわざ一時間以上かけて我が家までやって来てくれて、細々とした作業に取り組んで下さいました。
大工さんとはその時からのお付き合いです。蔵のリノベを行う時も真っ先にこの大工さんに相談しました。というか、この大工さんがいたからこそリノベを行うアイディアが湧いたのかもしれません。「この人だったら喜んで蔵の工事をやってくれそう」という圧倒的な安心感があったように思います。結果、快いお返事を頂くことができ、二人三脚でいろいろと取り組むことになったのです。
大工さんは主に古民家を専門に扱う業者さんのため、古い建物がある現場へ行くことが多いそうです。信じられない話かもしれませんが、そういった現場ではポルターガイスト現象がしょっちゅう起こるそうです。最初は驚いたそうですが、今ではもう慣れてしまったと仰っていました。
具体的なエピソードをいくつも聞くうちに、もしかしてうちに来た時も何か感じたのか気になってきました。思い切って聞いてみると、我が家の母屋はそういうのは感じなかったと教えて頂きました。安心したような、少し寂しいような、そんな気持ちです(いやでもやっぱり安心しました)。
ところが「あっちの蔵は違いますね」と大工さんが言うものだから、耳を疑いました。詳しく聞いてみると、怖いものがいるとかそういう訳ではないんですけど、まだ蔵が建っていたいと言っているような気がしますね、と。それを聞いた時、個人的には非常にわくわくしました。何かの信者というわけではないですが、その手の話は嫌いではありません。
あとから登記簿を調べて分かったことなのですが、蔵は2023年のオープン年でちょうど築100年を迎えます。つまり1923年に建てられたものということになりますね。まさか蔵が建って100周年きっかりの年に宿をオープンできるとは驚きました。これは狙ったわけではなくて、たまたまそうだったんです。その事実を知った時、あまりにもびっくりして急いで夫に話したのを覚えています。
そして1923年と言えば関東大震災が起きた年でもあります。ちなみに私の誕生日は関東大震災が起きた9月1日。そんなご縁もあったの?と思いつつそれは冗談で、当時の大きな災害を乗り越えて、かつ2011年に起きた東日本大震災も乗り越えて、今を生きている蔵。なんてしっかりした木造建築物なのだろうと感心してしまいます。
100年も建ち続けていれば、近年の歴史を振り返るには十分な年月です。たくさんの空気を吸ってきた蔵ですが、大工さんに「まだ建っていたいですよ」と意思を伝えてくれたことを忘れずにいたいと思います。私たちがここで暮らす限り、蔵もずっと一緒に生きていきます。