4月中旬。いよいよ工事が始まりました。蔵の周囲にぐるっと足場が組まれたので、一気に雰囲気が「工事中」に変わりました。足場を組むのは専門の業者さんがいて、実は私たちの外出中にサラッと作業を終えてくれていました。足場って結構あっという間にかかってしまうものなんですね。
それからというもの、蔵が解体されていく日々が1カ月ほど続きました。
工事には主に3人の大工さんが関わってくれました。以前からお付き合いのある30代の社長兼大工さん、60代のベテランさん、20代で大学生の頃からものづくりを学んでいたお兄さんです。
このお三方はのちのちのお話でも登場しますが、ほぼ毎日のように顔を合わせていたので、もはや最後の頃は家族のような存在になっていました。
作業はまず蔵の外壁を剥がすところから始まりました。外壁は鎧張り(よろいばり)といって、土壁の上から何枚もの木の板で覆われている状態でした。鎧張りは、雨や雪が多い地域によく用いられるそうです。もしかしたらここらへんは湖がすぐ近くて朝霧がすごいこともあるので、地理条件が関係しているのかもしれません。
鎧張り(よろいばり)されている木の板を剥がすと、見たこともない土壁が現れました。練られた土に笹が混ぜ込まれ、それが竹で編まれたギンガムチェックの土台にくっつけてあるのです。もっとよく観察してみると、(漆喰が塗られているところは漆喰)→砂利層→粘土層→竹の骨組み、の順になっていました。
正直この壁で雨風が防げるとは、昔の家造りの技術に驚きました。しかもそれが100年も建っていたのですから、丈夫さもあるでしょうし。あくまで自然素材を工夫して使って、なんてエコフレンドリーなのだろうと思います。
土壁の剥がし方は、大きな金槌のようなものでトントンと小刻みに叩いている様子でした。叩くたびにドサドサドサッと大量の土壁が地面に落ちていきますが、先述したとおり素材が天然のものなので、剥がして放置しても土に還ってくれます。
このようにして土壁を剥がしている途中、ささやかな事件が起こりました。1メートル弱の長いヘビが壁から現れたのです。
土壁に身を隠していたようで、建物の隅っこから出てきました。細くて長い物体がニョロニョロっと体をくねらせる様子に思わず声が出ました。ベテラン大工さんも「わたしゃヘビは苦手なんだよ……」と思わず苦笑い。
ところで民家にいるヘビは、一説に守り神と言われるそうです。今回お会いしたヘビは恐らくアオダイショウで、毒は持たず、民家に入り込むネズミ等を食料にしているのだとか。工事初日に縁起物を見たねと大工さんと話しているうちに、これまで蔵を守ってくれていたヘビは生い茂る緑の中へ静かに消えていきました。