【9】階段と芸術

 

蔵は2階建てですので、もちろん2階に登るための階段がありました。階段はかなり老朽化していて、ところによっては床板が抜けたり、今にも折れそうな箇所がある様子でした。蔵の中で一番傷んでいたかもしれません。

扉など傷みが少なかったものはそのまま宿に活用されているのですが、階段はとてもじゃないけれどそうはいきません。綺麗さっぱりリノベーションです。

工事前など傷んだ階段を登る必要があった頃は、そろりそろりと静かに上り下りをしていました。私は小柄な部類に入ると思うのですが、それが限界で、私より身長も体重もある夫は中段くらいまでしか登れていません。

半壊の階段を登るなんてなかなかできない体験なので、どきどきしながら楽しみました。『となりのトトロ』でどんぐりが一つずつ階段の上からトン……トン……と落ちてくるシーンを思い出しました。怖いことやスリリングなことって冷やッとする傍ら、実はちょっと楽しかったりもしますよね。

 

 

階段はもともとあった場所と同じ場所に設置されることになりました。以前のものは撤退して、新しく基礎から作って頂きます。ところで「階段を作るってどういう作業をするんだろう?」と気になっていました。その様子が少しずつ明らかになっていきます。

ある日工事の進捗を確認に蔵へ行くと、めちゃくちゃ可愛いものがあるではないですか。

何かと言うと、階段になりそうな予感のするギザギザした骨組みでした。まだ床板などはなく、両端にギザギザがあるのみです。この姿、どう表現していいのか分からないですが、一番しっくりくる言葉が「可愛い」でした。ミニチュアのような可愛さを感じます。

 

 

ところで大工さんとの立ち話で感心したことがあります。階段の段数を決める際、床板に使用する木材の量から逆算したそうです。つまり一枚の木の建材から階段を作って頂いたのです。大工さんの仕事には数学のセンスも必要になるのだなと感じました。

建設業界では「建材ロス問題」が昨今注目されており、建築現場の余剰建材を捨てずにどう活用するかが問われています。果たして大工さんが建材ロス問題を意識しているか否かまでは突っ込んでお訊ねしなかったので分かりませんが、現場ではこういう工夫をすることができるのか、ととても勉強になりました。

そしてその様がまるで芸術家のように見えて仕方なかったのです。「この限られた大きさの木をどう使うか?」ということに意識を向ける大工さんに感動です。まるで与えられた白紙を最大限に活かし、自由に絵を描いていくアーティストみたいだなと思いました。

階段の原型が見えるまで、本当にすぐでした。もともと付いていた階段は梯子型でまっすぐだったのですが、新しく作って頂いたものには踊り場があります。カーブを描いて2階に登る感じとなりました。

この階段のおかげで立体的な空間が生まれました。大工さんの工夫と芸術魂が詰まった作品です。ところで階段には立体感をより体感してもらうために、特に手すりなどは設けていません。上り下りの際はその点をお楽しみ頂きつつご注意を!

 

 

大工さんの芸術魂が詰まった階段