いつものように工事に勤しむ大工さんたち。ある日一人のベテラン大工さんが、もう一人の若手大工さんが「とある作業」でとても苦労しているとの情報をくださいました。どんな作業で苦労されているのか気になります。
「何に苦労されているのですか」と聞いてみると、どうやら2階の梁に関する作業だったようです。
蔵の一番のチャームポイントである梁。これをどのように再生していくのか、私たちには検討もつきません。大工さんたちがどんな技術を披露してくださるのか、とても興味がありました。ですが大工さんとはいえ、なんでもかんでも簡単にさばける作業だけではないのですね。
ここまでの物語でもお伝えしたとおり、工事が始まってすぐの段階で外壁が剥がされ、天井と梁を除きいったんは蔵全体が骨組みだけのスケルトン状態になりました。その際、冬の寒さ対策で、天井に新たに断熱材が入れられました。断熱材を支えるための枠も作って頂きました。
断熱材が入ったあとは、その上から黄色い「石膏ボード」を被せていきます。最終的には壁全体を白い漆喰で塗って頂く予定でしたので、石膏ボードは漆喰を塗るための下地、とイメージしてもらえればと思います。
さて、この石膏ボードですが、もとは一枚の四角い材料です。何もない天井へどんどん設置し釘を打っていくのは簡単です。ですがもし、天井に遮るものがあったら……?
そうです。若手大工さんはここで苦労されたのです。天井には何本も梁があります。この梁の合間を縫って石膏ボードをはめ込んでいく必要があったのです。本来であれば時間がかからない作業だったと思いますので、大変な苦労をおかけしました。
どのように乗り切ったのかお訊ねすると、細かな手作業で石膏ボードを梁のかたちに合わせて切り取っていったそうです。とても緻密な作業です。断熱材を入れたり、天井を漆喰で塗らない選択をすればこんなに苦労はされなかったでしょう。
ですがそのおかげもあって、2階の天井は「梁が見えている」かつ「漆喰塗りである」という二つが叶っているのです。わざわざ梁を見せることの裏側には、今昔の職人さんたちの丁寧な仕事が折り重なっています。
私たちは、どのようにして宿の2階ができたのか一部始終を見ていたので、その価値や感動をはっきりと自覚できます。ですが、これからやって来るゲストの方々は最初から最後までリノベーション工事を見ていたわけではありません。
ですので、どこにどんな苦労や時間が割かれているかについて、よく分からないと思います。その分野の専門家の方であれば違うかもしれませんが。でもそれでは私たちの自己満足で終わってしまうし、ゲストの方も本当の意味で存分に蔵での滞在を味わって頂けないと思います。
そこで、今こうして物語をじっくりと綴っているのです。少しでも蔵の宿ができるまでに起きた出来事や時間を共有し、ご滞在頂く蔵に愛着が湧いてくれたらいいなと願っています。
天井の梁を見上げた時、「そういえば石膏ボードを梁のかたちに切るのが大変だったらしいなあ」とふと思い出して頂けたら、この蔵に関わったすべての人の心が温まるような気がします。